こんばんは。
今日の日本経済新聞の社説に、現在の政府のオリンピックに対する取り扱いが第二次世界大戦末期の御前会議に例えられる記事がありました。
オリンピックを通常どおり開催する以外の発言が全くなく、これは、どう考えても勝ち目がないのに皆思考停止して終戦が決められなかったことの繰り返しではないか、というものです。
全くその通りだと思いました。
オリンピック・マネー 誰も知らない東京五輪の裏側 (文春新書)
- 作者:後藤 逸郎
- 発売日: 2020/04/20
- メディア: Kindle版
年始のあるラジオ番組で作家、僧侶の瀬戸内寂聴さんもこの一年は太平洋戦争末期を思い出す一年だと言ってました。何をしていても常にコロナウイルスの攻撃に怯えながら生活をしているのはいつ来るともわからないアメリカの空襲に怯えながら生活するのと同じだということなのでしょう。
私は当然戦争の経験はないですが、これもなるほどと思いました。
オリンピック、莫大なお金をかけて国立競技場や各種インフラを整備したのでしょうが開催する場合まだまだたくさんのお金を使うはずで、少なからず我々の税金も使用されるはずです。
通常の状況下では、だれもが東京でオリンピックを開催したいのは間違いありません。
でも、状況が想定していたのとは全く変わってしまいました。この状況下で本当に我々の税金を使ってやるべきなのか、それとも税金は他のことに使うべきなのか、やるにしてもどのようにやるのが良いかしっかり議論した方が良いと思います。
もちろん選手の皆さんのことを考えると開催したいのはヤマヤマですが、世界中のスポーツファンが選手のパフォーマンスを安心して見れる状況になっているのか立ち止まって良く考えた方が良いと思います。
オリンピックありきで進み続けるのはどうしたものか、と思います。
受験と全く関係ないですがちょっと思ったことを書いてみました。